ピアノが好きすぎるブログ

毎週土曜日に更新しています。

ロールモデルの不在について

 

こんにちは。また土曜日がやってきましたね。

いかがお過ごしでしょうか?

 

タイは徐々に平常に戻ると思うのですが、、、

はたしてどうなることやら。

とりあえず、月曜日は、娘が1回目のワクチン接種(ファイザー)ですね。

私が彼女を接種会場(学校)まで送迎するのですが、、、

副反応、大丈夫だろうか?

 

あとは、、、最近、変わったこととしては

昨夜、祖国の母親から電話がかかってきました。

あまり連絡をしてこない親なので、

何か不幸があったのか?とビビってしまうレベルです。

幸い、ただの雑談的な内容でした。

ロールモデル不在の人生

今回は、最近思ったことを適当に書きます。

 

「社会生活、私生活」において思うのですが、わたしは今まで道なき道を歩いてきたような気がします。

将棋でいう「定跡」「前例」がないような感じなのです。

外国人と結婚し(国際結婚の離婚率はハンパない)

日本人などほとんどない環境で働き(いまだに何が何だかよくわからない)

基本的に周りにあるものは「不可解ナリ」という状態で生きてきました。

 

そのせいか、ロールモデル、定跡的なものを求める気持ちも強くなっていったのです。

しかし、それが見つからないんだけど。。。

わたしは趣味で将棋を指すのですが、

「将棋くらい定跡通りにやらせてくれよ」という気持ちになり、

なるべく本に書いてある形を意識してしまいます。

自分が思い描いたイメージ通りに盤面が進んでいくのは、なんとも言えない充実感があるものです。

 

しかし、ふとわが身の実人生を振り返ると、定跡もロールモデルもなんもない。

つまり「尊敬する上司、とか先輩」的な人物にはついに出会わなかったのです。

今の若者にとっては「SNSのインフルエンサー」がロールモデルなのだろうか。

SNSのインフルエンサーがやってることと言えば、

STEP1「オレ(わたし)はこんな風に生きている」

STEP2「オマエ(あなた)もこんな風に生きてみろ」

STEP3「つきましては、課金してください」

 

というスキームに落とし込まれているような気がする。

わかりやすい例としては、

ホリエモン氏のオンラインサロンのようなものをイメージしています。

 

ホリエモン氏は個人的に好きですし、面白いことを話すからよいのですが、

あれ(ホリエモン氏)をロールモデルと言われてもなあ、と感じてしまうのだが、

若者はそういうのに感化されるんだろうなあ。

 

そういう「〇〇信者」に該当する若者はこの本でも読め、と言いたい。

「無理ゲー社会」(↓そのまま転載)

才能ある者にとってはユートピア、それ以外にとってはディストピア。誰もが「知能と努力」によって成功できるメリトクラシー社会では、知能格差が経済格差に直結する。遺伝ガチャで人生は決まるのか? 絶望の先になにがあるのか? はたして「自由で公正なユートピア」は実現可能なのか──。

 

これは、なかなか正鵠を得ている見解だと思いました。

ロールモデルが、ホリエモン氏のような「あまりにも才能がある者」だったりすると、

参考にならないんですね。

 

(上記の前提での)情報発信の難しさ

私が好きなユーチューバーに「ただのフリーター」という人物がいます。

(今は人気者になり、広告収入で稼ぎ、フリーターをしていないかもしれない)

彼は、若い頃、尾崎豊に憧れて、ミュージシャンになろうとしていたようです。

私も尾崎豊が好きなので、ただフリさんの尾崎論を聞いて、

熱いものがこみ上げてきました。

それで、ただフリさんは最近、MVを作って公開していました。

これはすごい手間がかかってるんだろうな、と見ていてわかります。

しかし「働かないで何やってんだ」的なアンチからのコメントはひどい。

アンチの人も、ただフリさんがこんながんばってる時くらい、

どうして素直に応援してあげられないのか、、、。

コメントを見て胸くそ悪くなりましたね!

 

「ただフリさん」のチャンネルは、

ネガティブな切り口で書いてしまいましたので、「失礼」と受け取られかねないので、リンクは貼りません。興味がある人は自分で検索してください。

 

ただフリさんが、今後もコンスタントに自作曲を発表し続けることは難しいかな、と

個人的に思います。

 

アンチのコメントに耐え、作品を作り続けるのはすごいメンタルの力がいるでしょうから。。。(個人的には、ぜひとも第2弾も見たいんですけどね)

 

つくづく、音楽(マンガとか他の創作物でも同じことですが)を作り続けるのはたいへんだろうな、ということを思いました。

 

演奏系ではどうでしょうか?

「ジャズピアノ 弾いてみた」で出てくる発信者のチャンネルを見ると、

だいたい更新が止まっています。

たぶん、ですが、

曲を練習して人様にお聞かせできる、納得のいくレベルまでブラッシュアップするのが追い付かないのでしょうね。

 

こういうのって、橘氏の「無理ゲー社会」で描かれている「ディストピア」を思わせます。「弾いてみた」の人が才能がない、とか言いたいのではないですが、

現実としてユーチューブは

本当に上手い演奏家、本当に人気のあるクリエイターが称賛を浴びて、

番外弱者はまるで報われない世界になっているようです。

(いわゆる「弾いてみた動画」を非難するつもりは全くないです。念のため)

 

才能なきマジョリティーは、無理ゲー社会にどう立ち向かうのか?

ディストピアの中で希望の光となる新しいロールモデルは何か?

 

そんなことを感じたのでした。

 

次回の更新は10月16日(土)になります。

 

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